2022-09-25
預言者エリシャは預言者の仲間たちの一人を呼んで言った。「腰に帯を締め、手にこの油の壺を持って、ラモテ・ギルアデに行きなさい。…」 列王記第二 9章1節
列王記第二2章から登場した「預言者エリシャ」ですが、彼の活動を読み進めながら印象に残る特徴は、「送り出す人」というものです。例えば、上記引用箇所でも預言者エリシャは、「預言者の仲間たちの一人」に「ラモテ・ギルアデに行きなさい」と送り出しています。先週取り上げた列王記第二8章では、「かつて子どもを生き返らせてやったあの女(シュネムの女)」に「ここを去り、とどまりたいところに…寄留していなさい」(列王記第二8章1節)とやはり送り出しています。また列王記第二6章では、一緒に住んでいる場所が狭くなり、「ヨルダン川に行きましょう」(列王記第二6章2節)と言う預言者の仲間たちに「行きなさい」と送り出しています。
この預言者エリシャの活動に見られる「送り出す」働きは、福音書のイエスさまの姿にもよく見られるものです。「12年の間、長血をわずらっている女の人」に「あなたの信仰があなたを救ったのです。安心して行きなさい」(マルコの福音書5章34節)と送り出しています。また目の見えないバルティマイには「さあ、行きなさい。あなたの信仰があなたを救いました」(マルコの福音書10章52節)とここでも送り出しています。またイエスさまの元に運んで来られた中風の人には「起きて寝床を担ぎ、家に帰りなさい」と家に送り出しています。さらにイエスさまが、72人を指名し派遣する時にも「さあ、行きなさい。…わたしがあなたがたを遣わすのは、狼の中に子羊を送り出すようなものです」(ルカの福音書10章3節)と送り出しています。
このように「預言者エリシャ」も、またイエスさまも、人々を送り出していますが、それは聖書の神さまが「送り出す」神さまだからです。「わたしのもとに来なさい」(マタイの福音書11章28節)と招かれる神さまは、「さあ、行きなさい」(マルコの福音書10章52節、ルカの福音書10章3節)と送り出す、派遣される神さまです。
今週も、神さまの元に招かれ礼拝を献げた私たちは、その神さまの元から社会に「地の塩」「世の光」として送り出されて行きましょう。 (吉持日輪生)
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