「悩みのパン」を食しながらの新年
2017-12-31


それといっしょに、パン種を入れたものを食べてはならない。七日間は、それといっしょに種を入れないパン、悩みのパンを食べなければならない。あなたが急いでエジプトの国を出たからである。それは、あなたがエジプトの国から出た日を、あなたの一生の間、覚えているためである。     申命記16章3節

 申命記16章1節に「アビブの月を守り」とありますが、これはイスラエル歴1月、ニサンの月のことです。そしてその「アビブの月」に「過越のいけにえをささげなさい」(1節)とありますので、旧約聖書出エジプト記13章に記されている、イスラエルの民がエジプトの国から脱出したことを忘れないための「過越のまつり」を守るように記している箇所です。そして上記3節では、過越のまつりでのお食事のことが記されています。「種を入れないパン」、つまりイースト菌を入れないパンですから、堅く、おせんべいのような食べ物だったと考えられます。ゆえに上記聖書箇所でも「種を入れないパン、悩みのパン」と、イースト菌なしのパンを「悩みのパン」と表現しています。まさに食べるのに一苦労の「悩みのパン」だったのでしょう。また今年秋に出版された「新改訳2017」の聖書では、同じ部分を「苦しみのパン」と訳しています。
 ちょうど私たちも新年を迎えようとしています。日本の新年の食べ物で、私たちを悩まし、苦しめる食べ物は、お餅でしょうか。ヘブル人への手紙12章1節に「まつわりつく罪」とあります。イスラエルの民が、しつこいエジプトの奴隷状態から神さまの一方的な恵みで解放されたように、私たちも、お餅のようにねばねばとまつわりつく罪から、神さまの一方的な恵みの力で解放されたことを、お餅を食べつつ思い返すことができるならば、聖書的なお正月を過ごせるのではないでしょうか。
 神さまからの祝福が、皆さまの新年の上にありますようにお祈りしています。(吉持日輪生)

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